2021年2月26日金曜日

むかしむかし,ぼくらの大学ではナイトハイクという催しがあった。

 当時の大学キャンパスのあったお茶の水から,やがて大学が移転することになる多摩丘陵まで50kmの道のりを歩く,それだけの行事だ。ボランテイアの職員さんや体育会系の学生たちが道々に立って,いろんな手助けをしてくれていた。夜7時か8時が歩き始めだ。事前に申し込んで配布されたゼッケンをつけてただただ歩く催しだ。完走記念のメダルと賞状は,まだ残っている。3個のメダルがある。

2個目のメダルをもらったときに,一緒に歩いた女の子のことを,全く覚えていないことが気になる。なんといい加減な記憶なのだろう。いい加減な人格なのだろう。そんな行事に,男どもと参加するような性格ではないので,女の子と歩いたに決まっているのだ。コンビニなどそんなになかった時代のことで,お弁当を用意してもらったはずなのに・・都合の悪い部分の記憶は消してしまっているのだ。

1人目の女の子のことを,貴女のことをちょっと書こうと思って始めた文章が,横道に流れて・・・いいかげんなものです。お許しあれ。

2021年2月12日金曜日

4.3℃ですから,暖かいです?

 いえいえいえ。寒いでしょ。

寒いのだ。

ぼくの感覚では寒い・・でしょ。

彼らがオリンピックをやりたかろうと,会長が何を言ったか正確に聞いたわけではない・・・ぼくは。

ヒステリックな民衆・・・言葉の意味が理解できる。理解できてはいたんだ。今実感できる。

政府は崩壊するぞ。

2021年2月10日水曜日

時間がないと言い訳をしていた。

 自分自身にだ。

いつのまにか,いや,もうずいぶん長く,もしかしたら,最初からだ。

思えば,昨年,コロナはたくさんの人たちを苦しめて,たくさんの人たちの仕事をうばった。実はコロナではなく,賢くない政治家が,とは言うまい。

ぼくの仕事は増えた。レギュラーが5倍ほど。イレギュラーはどうしようもない。ぼくらの仕事は急拡大しているのだ。

それを言い訳にした。時間がないと・・・自分自身にだ。

なのに,ぽかんと空いた1日。書き物をしていない。恥ずべきことだ。


2021年1月28日木曜日

♬ ぼくたちの失敗 が流れていた

 森田童子だ。YOUTUBEを散歩していると螺旋の渦に巻き込まれてしまう。

この曲はくり返しBGMとして登場する。1回目は間違いなく早稲田の街に流れていた。あの街で聞いた。

学生時代のぼくはいつでも常に貧乏だったけれど。今だって,お金とは縁はないけれど,お金がないことがたいして重要ではない,そんなときがあるのだ。

東京へ出て2年が過ぎ,ぼくは早稲田界隈をうろうろしていた。その後10年以上も,あの街が一番の縄張りになる。いや20年だ。30年・・・記憶は曖昧で計算し直すたびに長くなる。

ぼくの思考は,森田童子に戻れないままだから,顔をおぼえているのに名前を思い出せない彼女のことを思い出さねば・・と思っている。ぼくに「指輪物語」を貸してくれたふたりの女の子のことを書き残さねばと思ってる。思い出さねばと思ってる。頭がボケてきてるからだ。

2020年12月31日木曜日

年越しは,従妹が贈ってくれるお蕎麦です。


 

コチラの風習は少し違っていて,自分が子どもの頃,年越し蕎麦を食べていたのか記憶が定かではありません。

ひとつ歳をとるという意味で,新しい火であぶった「としもち」を食べていました。

蕎麦つながりの彼女とももうずいぶん会っていません。遠方の親戚は,冠婚葬祭でもないと会えません。自分が歳をとって動くのが億劫になっているのがわかります。

来年はいい年でありますように。なんだか本気で思います。やっぱり歳をとったのです。

2020年12月28日月曜日

お隣りさんは,おひとりでお暮らしです。


 


ご主人のお母様を見送られ,ご主人を見送られ,今はお母様を看ておられます。ご実家でです。ご苦労をなさっているのに,あかるく爽やかな方です。

ときどき,パンを焼きます。ときどき頂きます。
すてきな歳の取り方をなさっておられる素敵なひとです。




2020年12月22日火曜日

年の暮れには・・・

 





 
彼の母上にお会いしたのはもう10年以上も前になる。優れた思想家,詩人,作家,そんな人々は衰えない。彼女らの思考はさびない。歳を重ねても視線や物腰や,,なにやかやに自信があふれているのだ。彼にとっては母親でもぼくにとってはあこがれの人物だ。

たとえば谷川雁,たとえば吉本隆明・・同じ世界に生きて,同じ時代にいて,同じ書物の中に登場する魅力的な女性・・かれらのような人,彼女のような人物をアイドルというのだ。