2020年12月15日火曜日

年の暮れには美味しいもんがやってくる その五くらい

 


彼と別れてからもう20年くらいにはなる。ながく仕事をした仲間だ。生真面目ないい男だ。すがたかたちもだ。

長野へ帰って農業を始めた。単に実家を継いだのではなく,借金をしてキノコ作りをはじめ苦労したけれど,大成功している。彼のところのキノコ作りは,いわば工場での物作りに似ている。段階を追って成長していく,流れ作業だから休むことができない。手がかかるのだ。次々次々育って製品化されるから,毎日毎日,菌を植え付けて,それが成長していくのから,相手は生き物だから,休みはないのだ。

コロナは彼にも災いをもたらしている。これはもう未曾有の災害だ。

長野はやはり遠い。

2020年12月13日日曜日

年の暮れには美味しいもんがやってくる

 


北陸出身のかれはふるさとの名産品,さかなの詰め合わせを送ってくれる。

コロナのコロニー,密集地東京に住んでいるかれの顔を,もう一年は見ていない。みんな歳をとった。歳をとったというはなしばかりをするから,さらに年寄り臭くなるのだと・・・

さて,年賀はがきの用意くらいはしておこう。とは思う。

2020年11月2日月曜日

雨がふっている

 これは季節の変わり目のいいかげんな雨だ。いい加減なのは季節を統べる神々だ。冬にしてはあたたかく,秋にしては寒いのだ。

いいかげんなのだ。クリスマスが近くなれば少しは寒くなる。年明けには震えるくらいにはなるだろう。けれどまあ,数十年前の霜月はこのくらいの気温だった。このことは間違いない。

季節設定をしようとしているのだ。

2020年10月3日土曜日

something else 

 今日は何かを書こうと思ったのですが。やっぱり書けそうもありません。何かとは,そんなたいそうな意味はありません。閑話でいいわけで,それ以上のものを準備できるはずもないのです。だからです。

ほんの少し秋の気配です。

2020年9月19日土曜日

Speculative Philosophy とは,我々の経験のあらゆる要素が,それによって解釈されうるような


 

普遍的観念の整合的・論理的・必然的な体系を組み立てる努力である。

こんな魅力的な文言に魅了されてしまったとき,大げさでなく世界の見え方が変わってしまった。少なくともそう感じた。でもそれは現実の生活に何の変化を与えるものではなく,利するものがあるわけでもなかった。

ただ,興味深い。おもしろい・・というだけのことだ。

2020年9月18日金曜日

日の沈む時刻で

 というよりも外が暗くなる頃合いを感じることで季節の移り変わりを知るような気がする。感覚が鈍っているのだ。

鈍っているという。まるで以前は鋭かったと言いたいだけなのかもしれないが。視力の衰えと反比例するように聴覚は鋭くなる。


2020年3月4日水曜日

イエスタディを聴いた。ポール・マッカートニーだ。




あんなじいさんなのに,彼は若い。
古い映画のシーンを思った。デニーロだ。ニューヨークだ。
あの貧しく,しろく,はいいろに煙ったあの時代のあの街の風景が好きだ。
禁酒法,ギャング,パッカード/ツイン6・・・・フィッツジェラルドの世界だ。

もちろん勝手な思い込みだ。妄想の風景だ。