北陸出身のかれはふるさとの名産品,さかなの詰め合わせを送ってくれる。
コロナのコロニー,密集地東京に住んでいるかれの顔を,もう一年は見ていない。みんな歳をとった。歳をとったというはなしばかりをするから,さらに年寄り臭くなるのだと・・・
さて,年賀はがきの用意くらいはしておこう。とは思う。
北陸出身のかれはふるさとの名産品,さかなの詰め合わせを送ってくれる。
コロナのコロニー,密集地東京に住んでいるかれの顔を,もう一年は見ていない。みんな歳をとった。歳をとったというはなしばかりをするから,さらに年寄り臭くなるのだと・・・
さて,年賀はがきの用意くらいはしておこう。とは思う。
これは季節の変わり目のいいかげんな雨だ。いい加減なのは季節を統べる神々だ。冬にしてはあたたかく,秋にしては寒いのだ。
いいかげんなのだ。クリスマスが近くなれば少しは寒くなる。年明けには震えるくらいにはなるだろう。けれどまあ,数十年前の霜月はこのくらいの気温だった。このことは間違いない。
季節設定をしようとしているのだ。
今日は何かを書こうと思ったのですが。やっぱり書けそうもありません。何かとは,そんなたいそうな意味はありません。閑話でいいわけで,それ以上のものを準備できるはずもないのです。だからです。
ほんの少し秋の気配です。
普遍的観念の整合的・論理的・必然的な体系を組み立てる努力である。
こんな魅力的な文言に魅了されてしまったとき,大げさでなく世界の見え方が変わってしまった。少なくともそう感じた。でもそれは現実の生活に何の変化を与えるものではなく,利するものがあるわけでもなかった。
ただ,興味深い。おもしろい・・というだけのことだ。
というよりも外が暗くなる頃合いを感じることで季節の移り変わりを知るような気がする。感覚が鈍っているのだ。
鈍っているという。まるで以前は鋭かったと言いたいだけなのかもしれないが。視力の衰えと反比例するように聴覚は鋭くなる。