2020年11月2日月曜日

雨がふっている

 これは季節の変わり目のいいかげんな雨だ。いい加減なのは季節を統べる神々だ。冬にしてはあたたかく,秋にしては寒いのだ。

いいかげんなのだ。クリスマスが近くなれば少しは寒くなる。年明けには震えるくらいにはなるだろう。けれどまあ,数十年前の霜月はこのくらいの気温だった。このことは間違いない。

季節設定をしようとしているのだ。

2020年10月3日土曜日

something else 

 今日は何かを書こうと思ったのですが。やっぱり書けそうもありません。何かとは,そんなたいそうな意味はありません。閑話でいいわけで,それ以上のものを準備できるはずもないのです。だからです。

ほんの少し秋の気配です。

2020年9月19日土曜日

Speculative Philosophy とは,我々の経験のあらゆる要素が,それによって解釈されうるような


 

普遍的観念の整合的・論理的・必然的な体系を組み立てる努力である。

こんな魅力的な文言に魅了されてしまったとき,大げさでなく世界の見え方が変わってしまった。少なくともそう感じた。でもそれは現実の生活に何の変化を与えるものではなく,利するものがあるわけでもなかった。

ただ,興味深い。おもしろい・・というだけのことだ。

2020年9月18日金曜日

日の沈む時刻で

 というよりも外が暗くなる頃合いを感じることで季節の移り変わりを知るような気がする。感覚が鈍っているのだ。

鈍っているという。まるで以前は鋭かったと言いたいだけなのかもしれないが。視力の衰えと反比例するように聴覚は鋭くなる。


2020年3月4日水曜日

イエスタディを聴いた。ポール・マッカートニーだ。




あんなじいさんなのに,彼は若い。
古い映画のシーンを思った。デニーロだ。ニューヨークだ。
あの貧しく,しろく,はいいろに煙ったあの時代のあの街の風景が好きだ。
禁酒法,ギャング,パッカード/ツイン6・・・・フィッツジェラルドの世界だ。

もちろん勝手な思い込みだ。妄想の風景だ。

2019年11月11日月曜日

蝶を美しいと思ったことはない。とくにアゲハには触りたくない。触られたくない。


まして,蛾は気持ちが悪いだけだ。近くに寄ることも憚られる。
蝶の羽ばたきなら見てもいい。その動きには見るべきものもある。ただ寒さがやってきたときの彼らの情けなさは見たくないのだ。
凜々しさをもたないモンシロチョウが音もなく力んでいた。

2019年8月13日火曜日

この白い花が開くとき



我が家の庭には強い風が吹く。今年はもうひとつの紫の花はない。あのノボタンの開く年の夏から秋は大荒れになる。だからそこまではひどくなることはないだろうけれど。

「天気予報の当たる確率」の確率はきっと計算方法が間違っている。だから,天気予報はあんなにひどいはずれ方をするのだ。結局計算は人間がするしかないのだ。機械をPCを使うのは人間だと言うことを思い出す必要がある。・・いやもしかしたら知らないのか?

なんてつい余計なことをしゃべる。しゃべってしまう。暇なのだ。