2019年8月13日火曜日
この白い花が開くとき
我が家の庭には強い風が吹く。今年はもうひとつの紫の花はない。あのノボタンの開く年の夏から秋は大荒れになる。だからそこまではひどくなることはないだろうけれど。
「天気予報の当たる確率」の確率はきっと計算方法が間違っている。だから,天気予報はあんなにひどいはずれ方をするのだ。結局計算は人間がするしかないのだ。機械をPCを使うのは人間だと言うことを思い出す必要がある。・・いやもしかしたら知らないのか?
なんてつい余計なことをしゃべる。しゃべってしまう。暇なのだ。
2019年1月5日土曜日
米津なんとかさんは、なんであんなに話題になっているのですか。
有名な方なのでしょうけれど。結局お顔すら確認できなかった。紅白をほとんど見てなかったし・・・私にとって年末のテレビと言えば紅白なのだけれど。
よい年になりますように。
よい年になりますように。
2018年11月4日日曜日
村上春樹のインタビューの絵を見た
早大への資料寄贈の記者会見。歳を取り過ぎている。そう思った。当然のことだけれど。僕の中の村上春樹は、ただ一度、ひとことふたこと、口をきいてもらったとき。彼はかなり若くて、もちろん僕ももっと若くて。そのころ彼はまだ、そんな大作家ではなくて。その後、好んで彼を読むようになっても、70年代のまま、彼は歳をとることなどなかったのに。いつでも若々しく、若者の旗手だったのに。ちょっと年上のアウトローだったのに。
彼は歳を取ってしまった。僕が歳取ったのだから当然なのだけれど。・・・僕も歳を取った。
彼は歳を取ってしまった。僕が歳取ったのだから当然なのだけれど。・・・僕も歳を取った。
2018年10月28日日曜日
角替和枝の訃報を目にした。
いろんな方が亡くなる。彼女も舞台で若々しく、つかこうへいの毒入りのセリフをキャピキャピとしゃべっていたなあ。タレントや役者の訃報に触れると思う。友人たちは無事なのだろうか、と。
古い友人たちは、元気でいるのだろうか。最後に会ったのがいつだったか、もう思い出せない連中がたくさんいる。最後に連絡が取れたのがなんだったかすら、わからない者たちが・・・きっと彼らは友人とは呼べないのだろう。僕がそうであるように、僕のことを覚えていない人の数の方が多いのだ、きっと。かつて関わった多くの友人たちが・・・彼らはかつての友人なのだ。
そんなことを思った。
古い友人たちは、元気でいるのだろうか。最後に会ったのがいつだったか、もう思い出せない連中がたくさんいる。最後に連絡が取れたのがなんだったかすら、わからない者たちが・・・きっと彼らは友人とは呼べないのだろう。僕がそうであるように、僕のことを覚えていない人の数の方が多いのだ、きっと。かつて関わった多くの友人たちが・・・彼らはかつての友人なのだ。
そんなことを思った。
2018年10月6日土曜日
クリストファー・トールキンという名前が気に入ったのは、J・R・R・トールキンの息子だからというわけではない。
ぼくは指輪物語全巻をとても急いで読んだ。ほとんど同じ時期に、僕にこの物語を貸してくれた人物が2人いたからだ。どうしても早く読み終える必要があったのだ。ぼくの指輪物語への思いには、2人の人物への想いが重なっている。
2017年10月6日金曜日
政治や政治家について何も語る気はないし、語れはしないし、語りたくもないけれど・・・・
公示前から舞い込む選挙運動がらみの郵便物には迷惑している。右から左まで、すでに十件以上のお願いが舞い込んできている。昔、政治家先生や大臣は偉いひとだと思っていた。何が偉いか解ってはいなかったけれど。小学生にはそう思えたのだ。中学生の価値観では偉かったのだ。
今は・・・・何もいうことはない。選挙に行かなかったことはない。
2017年9月17日日曜日
夏が引き上げていく・・こんな表現を使ったのが誰だったか、忘れてしまった。
今年、僕は春の終わりを知らなかった。梅雨を感じずに時をながした。ときを送ったのではなく、置き去りにされたのだ。僕の存在を無視してときが流れていってしまったのだ。そして同じように夏が去ってしまおうとしている。ノボタンの花の紫色が色を消し忘れた白黒写真のように自己主張している。夏の終わりだ。けれどまだ秋の風がやってきたわけではない。
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